デザイナー×日本の生地

今回は、アパレルブランド「MITTAN」を手がける三谷武さんに京都からお越しいただきました。

三谷さんは岡山に生まれ、文化服装学院を卒業後、7年間京都のテキスタイルメーカーに勤務されていました。会社に機場があったことから、デザインしたものがすぐ間近で織られ、生地デザインから縫製までの一通りの流れを近くで経験することができる環境だったそうです。テキスタイルに興味をもつきっかけになったことはさることながら、そこで身につけたテキスタイルの知識や経験が、「MITTAN」を創り上げた礎になっているとのことでした。京都のテキスタイルメーカーを出られてからは、大阪のアパレルメーカーに身を置かれ、その後2013年に独立。翌2014年S/Sよりアパレルブランド「MITTAN」を立ち上げ、昨年法人化(合同会社スレッドルーツ)を経て、今年のA/Wで10シーズン目を迎えられました。

“MITTANは世界に遺る衣服や生地にまつわる歴史を元に、現代の民族服を提案しています。生地は日本各地の産地を始めインド、ラオス、中国といったアジア圏のものを主に使用。随所に草木染め等の手仕事を用いて衣服が経てきた歴史を感じられるよう、デザインをしています。また縫製には主に綿糸を、付属には天然素材を用い、全ての服は国内で職人が縫製しています。また修繕についても当方が長きに渡って責任を持つことで効率性・利便性だけに囚われない服作りを目指しています。” (MITTANホームページより)

三谷さんは何が“日本のモード”なのか、という疑問を抱かれていました。日本は海外のものを取り入れて編集している、その日本の「編集する文化」には価値があると考えた上で、新しい民族服を創ろうとしており、それはブランド創設時から変わることの無い信念だと語られていました。
できるだけ洋服の要素が入らない、日本の民族服で連想される着物のイメージ、平面的なパターンからの衣服作り、基本的にシーズンや新作旧作のない衣服作り、このように同じものをひたすらつくり続けるというコンセプトのもとでの衣服作りをされているとのことでした。
今の時代の流行りに囚われたアパレルが多い中、三谷さんは民族性に立ち返って日本ならではの衣服を創り出そうとしているのだと感じました。

また、「MITTAN」の特徴のひとつとして、修繕があります。

“MITTANの服は1シーズンではなく、長く、生地が擦り切れそうになっても尚着続ける事を前提にデザインされています。そこで長くご愛用いただく為に修繕を承っています。お買い上げいただいた時期は問いません。修繕内容をお客様と相談の後、デザイナーが中心となって繕います。勿論通常の修繕で元に近い表情に近づける事も可能ですが、ミシンと手仕事のステッチで服が経た時間があたらしい表情を見せられればと考えます。” (MITTANホームページより)

「自分が、環境や人に負荷をかけてなにかものをつくるのであれば、そこに責任を持たなければならない。」
かつてファッション業界の裏に蔓延っていたような、様々な問題にも言及されており、三谷さんのこの言葉に「MITTAN」の修繕に込められた想いを感じました。テクノロジーにおいてのパーソナライズが進行する市場で闘っていく為に、リアルの場を大切にしており、修繕もそのひとつの要素であると語られます。

さらに、生地づくりに関して「MITTAN」ならではのノウハウを、ストールの組織図を参照しながら教えてくださいました。
工場とやりとりする中で、デザイナーがどれだけ素材や生地に関しての知識があるかでできるテキスタイルの幅が変わってくるので、知れば知るほどアイディアになってやりたいことができる。自分でできると選択肢が増えてオリジナルにつながる。ただ現場に投げるだけでは出てこないイレギュラーさが生まれる。つまり、デザイナーが知識をもつ事がブランド力に繋がる、ということでした。そして工場選びに際しても、遺したいと思える技術を持つところにお願いするというこだわりがあり、そこにもまた、つくりたいものをつくるという三谷さんの信念が反映されていました。

単に流行り廃りだけでなく、環境の事も慮りながら、違った角度からファッション業界全体をみており、「MITTAN」のデザイナーであることはもちろんのこと、時にパタンナー、時に染色、時に営業と、様々な立場からブランド運営のことを考えられている、自分の創り出したものに愛をもった方だと感じました。

三谷さん、この度はお忙しい中貴重なお時間をありがとうございました。

安岡