しなやかさこそ、強さである

こんにちは。「産地の学校」事務局の山脇です。

「繊維産地の課題解決に特化した人材育成の学校」として20175月に開校した産地の学校。
これまで述べ
100名弱の方が受講してくださいました。
本企画ではそんな過去受講生「卒業生」たちにインタビューし、当時学んだことが今の仕事にどう活きているかを伺っていきます。

1人目は、田中佑香さん。2012年よりジュエリーブランド「muska(ムスカ)」を主宰し活躍してきた彼女は、この秋からレディスアパレルブランド「FEMALE GIANT」を立ち上げました。

産地の学校で学んでいたのはブランド立ち上げの準備を進めていたころ。ジュエリーという領域を超え、衣服という分野に自身の表現を広げるにあたって、学校はどのように役立ったのでしょうか。

「現代の女性が、伸び伸びとパワフルに、自由に生きるための洋服を。」
田中さんが2019年春夏シーズンに向けて、この秋から新しく立ち上げたアパレルブランド「FEMALE GIANT」のコンセプトです。

ブランド名には「女巨人のように力強く、しなやかに、優しく生きたい」という田中さん自身の望みが込められています。

デビューとなるファーストコレクションのテーマは「Eupholia」(多幸感)。服をまとったとき、まるで巨人が喜び、歌うよう、着た人が生き生きとパワフルにいられるようデザインされています

コレクションに並んだのは、Tシャツやボディスーツ、ワンピース、スカートなど、女性にとってはスタンダードなアイテム。一つ一つEupholia、つまり多幸感が持つエネルギーが表現されており、女性らしいシルエットの中に力強さを示すディテールが組み合わさています。

神話において巨人はとにかくパワフル。神様とも戦っちゃうくらい、強くてエネルギッシュな存在なんです。
そんな力強さをデザインに込めて、着ることでハッピーにいられる服をつくれたらと考えました。

ロゴにも巨人が用いられている

田中さんが「霊性」と呼ぶ2着の服。コレクションアイテム(実体)の元になったもの

田中さんは広島県の出身。2012年よりジュエリーブランド「muska」を主宰しています。
もともと、色に関わる仕事をしていた母親の影響で、小さいころから美術館に行くのが好きだった田中さん。
大学に入り美術史を
学ぶ中で、人々の「装飾」に関心を持ちます。

歴史的にさまざまな民族が、それぞれの思想や宗教の元、モノに意味を込め、身につけ、ときには祀るなど長く装飾という行為を行ってきました。人々のそうした営みや、装飾品に大きな興味を抱き大学在学中から自分なりのアクセサリー作りを始め、卒業後、本格的に彫金を学び始めました。

そんな田中さんの人生を大きく動かしたきっかけは、旅行で行ったトルコでの出来事でした。

イスラムの国・トルコに行ったとき、朝から晩まで礼拝をする敬虔な信者さんにたくさん出会いました。
彼らの生活の中には、本当に自然と祈りが存在していて。
みんな祈ることで強い安心感を持っていました。パワフルでエネルギッシュで、いきいきと、楽しそうに今を生きていた。何かと強く繋がっている人たちは、こんなにもエネルギーに満ちているのだと、それが衝撃だったんです。

さらに田中さんを驚かせたのは、トルコの田舎に広がる大自然。それはあまりにも雄大で、美しく、力強かった。そうした自然のエネルギーは、モスクの装飾や、キリムの紋様として人々の生活の中に取り込まれていました。そこでめて、装飾品に人が想いを込める意味を、身をもって感じたのでした。

想いの込められたモノの持つ力を確かに感じ取り、帰国後、準備期間を経て2012年にジュエリーブランドmuskaを立ち上げました。

トルコでの経験は、自分の装飾への関心や、ジュエリーを通して表現したいことを明確にしました。いまを生きる人たちが日常に身につけることで、ハッピーになったり、ホッとするものを、私自身も作り出したいと思うようになりました。


ジュエリー業界でキャリアを積んできた田中さん。石や金属、糸を使って製作を行う中で、マテリアルとしての布にも関心を持つようになりました。

しかしあくまで興味を持っているという程度。そんな状況を動かした次の転機は、2年ほどシンガポール生活でした。
現地アートカレッジで開催されていたクラスで立体裁断技術を学ぶ中で、ジュエリーと服の共通点について大きな気づきを得たそう。

自分にとって可能性が広がった瞬間でした。立体裁断による洋服づくりは、私がこれまで行ってきたジュエリー製作と、本質的に全く一緒。自分が表現する幅が広がったと感じ、洋服の製作にも一気に興味が沸いたんです!

布という素材について好奇心が高まる田中さん。シンガポール人のクラスメイトにその興奮を話すと、「ユカ、日本の生地は素晴らしいんだよ!」とみな口を揃えて言う。そうか、日本のテキスタイルはそんなに優れているのか、と更に興味は高まりました。

もともと、ジュエリー製作を通じて、日本の職人の技術の高さは理解している。服を作るのであれば、やはり日本で、日本の服地を使って作るしかない、そう決意した彼女。友人から「産地の学校」の存在を聞いて、帰国後すぐに受講することにしました。

洋服をやりたいというのは決まったけれど、実際どういう風に進めていくのか掴みあぐねていました。また、日本の生地はすごいというけれど、具体的にそれはどういう点なのか。洋服作りにきちんと向き合うためには、先に素材を勉強するのはとても大事なこと。そう考え「産地の学校」に通うことを決めました。

帰国後、田中さんは毎週日曜日の講義に出ながら同時進行で、デザインやブランドコンセプトなどの枠組みを作っていきました。そして1年後、この2018秋、晴れて「FEMALE GIANT」をスタートさせるに至ったのです。


「産地の学校」で学んで良かったことについて、田中さんはすぐに3つの点を挙げてくれました。

1つ目は「専門用語を含めた素材についての知識を得られた」こと。
特に、自分でブランドを立ち上げるにあたっては、理想の生地を追求する
ために生産工場の職さんとコミュニケーションを取る必要が出てきます。
そこにおいて、何よりきちんと専門的な話ができること、自分のニーズを伝えるための言葉を持てたことは田中さんにとって大きかったそうです。

2つ目は「産地の学校』で学んでいる生徒であるということで工場の方に親近感を持ってもらえた」こと。
田中さんが
デビューコレクションで使用した生地を作るにあたっても、生地のことを学ぼうとしている姿勢に好感を持たれ親身に相談に乗ってもらえたそうです。

最後に「受講生同士のつながりを生かして、洋服作りが作れた」ということ。
実際、今回のアイテム
でも、一部に他の受講生が関わった素材が用いられています。
田中さんのイメージを的確に表現した生地を作るには、認識のズレ密なコミュニケーションが大切。
その点、受講生同士という関係は
、意思疎通がとても図りやすく、おかげで理想通りのものが仕上がったといいます。

テキスタイルという業界からかけ離れたところにいた私にとって、産地の学校は本当に貴重な存在でした。受講生のみんなも良い人たち。たくさんのことを学んだので、これからもコレクションごとに新たな素材にチャレンジしたいと思っています、と伝えてくれました。

ジュエリーも、洋服も、大きな流れの中、とてつもないスピードでモノがつくられています。そんな環境において田中さんはどのようなものづくりを突き通すのか。最後にそう伺いました。

私は、消費者から見えづらい生産者の存在をきちんと伝えていきたい。服が出来上がるまでには、生地の生産、染色、加工、縫製など、必ず人が関わっている。そんな彼らへリスペクトを表したいし、「FEMALE GIANT」というブランドの想いをきちんと価値として消費者に届けることで、生産者にも還元していく。そして、消費者の方に永く大切に使ってもらえるモノを作っていけたらいいなと思っています。

「FEMALE GIANT」
あまりにも田中さん自身の雰囲気とマッチしすぎているこの名前に、取材中、不思議な神秘性を感じ取ってしまいました。

「しなやかさこそ、強さである」

それはかつての人々が、恵みも災害ももたらす圧倒的大自然の中、必死に暮らしの営みを続ける上で到達した答え。
意思を引き継ぐかのごとく現れた女巨人は、現代人が感じる自然や社会への不安など軽々とかき消し、優しさを持って僕らに生きる喜びを与えてくれるでしょう。

 

FEMALE GIANT
「現代の女性が、伸び伸びとパワフルに、自由に生きるための洋服を。」
2018年、デザイナー田中佑香によりスタート。
ブランド名には、
女巨人のように力強く、しなやかに、優しく生きたいという、
デザイナー自身の望みが込められている。
東西の美術や神話などを背景にしながら生み出されるデザインは、
クラシカルながらも、ひねりが加えられることで、幻想的な表情をもつ。
また、ジュエリーデザイナーでもある彼女の感覚は、
細部の装飾や、アクセサリーなどの装身具に発揮される。

田中 佑香 Yuka Tanaka 
広島県出身。早稲田大学第二文学部表現・芸術系専修卒。
彫金を学び、2012年よりジュエリーブランドmuskaを主宰。
2018年、FEMALE GIANTをスタートし、表現の領域を衣服に拡げる。
古来ある「美」を現代的な装飾に落とし込むことを
デザインの基本的な考えとしている。
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